幼児のころ、父母や雇い人が木にも道端の石ころにも仏さんがいるといった。
野山をかけめぐる途中で、フトそんな言葉を思い出し、ペコリと頭を下げたりしたものだ。
死という観念が介護保険につきまとい、死と隣り合わせにいると実感したのは、15歳のとき姉が病死した日以来である。
姉は肺結核で死んだ。
当時、肺結核はだれが、いつ冒されてもおかしくない死病であった。
介護保険は子供心に、「オレはいつ死ぬんだろうか」と真剣に考え、恐怖におののいたものである。
陸軍幼年学校に入り、いよいよ死は避けられないものとなった。
22、3歳になれば確実に戦死が待っている。
戦争は本土決戦という最悪事態を迎え、職業軍人は死を予告されたようなものだ。